海老澤 宗香さん 33歳
Profile
私立茨城高等学校、武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、東京の設計事務所で勤務。裏千家学園茶道専門学校卒業後、京都の中村外二工務店で数寄屋建築の現場監督を務める。2016年より、祖母の代から続く茶道教室の師範を引き継ぐ。現在、笠間と東京・九段で茶道稽古を行うほか、茨城県陶芸美術館等で茶会ワークショップを開催。
建築家から茶道教室の師範へ
笠間市と東京の九段で茶道教室を主宰されている海老澤さん。お祖母様が始めた教室で、幼い頃から茶道に触れ「お茶の先生」になるのが夢でした。中学生の頃に先生から「違う夢も探してみたら?」と言われたことがきっかけで、建築の道を志した時期もあったそうです。
「元々、父が建築設計の仕事をしていたのと、子供の頃から絵を描く事が大好きで、大学では建築学科に進みました。大学を卒業後に入社した設計事務所では、営業や図面作成、総務など、建築の仕事を一通り経験することができました。
しかし、大学では茶室や日本庭園を研究し、規模の小さい木造建築に興味を持っていたこともあり、コンクリート造の大規模なビル・マンションの設計に、徐々に違和感を抱きはじめていました。
そんな中、やはり茶室や数寄屋建築も含め、茶道を一から学び直したいという思いから、京都の裏千家学園に入学致しました。卒業後は、日本を代表する数寄屋建築の中村外二工務店に入社し、木造建築の設計や図面作成、現場での工事管理に携わりました。」働き始めてしばらく経った後、海老澤さんに転機が訪れます。「突然、祖母と母が同時に体調を崩し、茶道教室の継続が難しくなった時期がありました。
当然、教室を私が継ぐことに迷いはあったのですが、何十年も通っていただいている生徒さんもおられ、教室を閉じてしまうのは本当に申し訳ない事ですし、『私で役に立つなら努力してみよう!』と思い、笠間に戻り教室を再開させていただきました。今は、元気になった母と二人で楽しく教室を盛り上げています。」
親しみやすくクリエイティブな茶会を開催
笠間に戻ってきたタイミングで、新たな出会いもあったそうです。 「当時、茨城県陶芸美術館の金子賢治館長が、企画展に相応しい茶道教室を美術館で開催できる人材を探しておられました。
陶芸美術館では、茶会の際に畳の舞台を用いていましたが、他の方法も提案してみると『それは面白い。早速開催してみましょう!』という運びになりました。 美術館に移築された板谷波山住宅でクリエイティブな茶会を催したり、 椅子とテーブルスタイルの茶会、マリメッコ展など企画展ごとのテーマに合わせ、大胆な趣向の茶会を催しています。『茶道は気楽に誰にでも楽しめる』ということを皆さんと共有できる場になれば素敵だなと思い、開催しています。
また、『茶道の基本を3回に分けてマスターしよう!』という講座を開催し、茶道がまったく初めての方々にも多数参加していただく事ができました。」 東京での教室開催もご縁がきっかけとのこと。
「二期リゾートの代表北山ひとみさんと出会い、日本の伝統文化に造詣が深い北山さんが九段で運営する、開放感のある美しいカフェ&ギャラリーにて、2018年より茶道教室を開催しております。九段教室では現代のライフスタイルに合わせ、テーブルと椅子で稽古をしています。そのままご自宅のダイニングテーブルで、お客様やご家族へのおもてなしができるようになりますよ。」
暮らしの中に茶道を生かして楽しむ
海老澤さんの教室で大切にしていることを伺うと、「茶道は修行の世界、厳しいイメージがあると思います。しかし私が裏千家の御家元のもとで茶道を学び習得した事は、『古より伝わる茶道の大切なルールを学ぶ事により、そこに自由が生まれ、私達の日々の暮らしや心の中に融合させる事ができる』ということでした。
それが、和敬清寂の心なのです。私の茶道教室では、皆さんのライフスタイルの中で茶道を生かしてもらえるように工夫しています。そのために、お点前(抹茶を点てるための所作)を学ぶだけでなく、季節感を暮らしの中に取り込み、日本の風習や文化を楽しむ豊かな暮らしができるように、稽古の冒頭で、翌月に縁ある和歌や歳時記、風習、季節のお花やお菓子、室礼(部屋の飾り付け)について解説しています。生徒さんから『生活の中で、色々な楽しみ事が増えた』と言われるとすごく嬉しいですね。お稽古の後には、皆さんでお茶を飲みながら、和の文化について知識を深めているようです。」
自宅でお茶を楽しむときのコツについても、教えていただきました。「今は、インターネットなどで手頃な価格で茶道具を入手することが可能です。またカフェオレボウルを茶碗に、スプーンを竹の茶杓にというように「見立」といい、本来茶道具として作られていないものを、あえて代わりに用いることもできます。他に、抹茶と茶筅というお茶を点てる道具さえあれば、誰でも気軽に茶道を楽しむことができます。茶道のルールを学んだ上で、皆さん自分なりに考え、創意工夫する事は、実はとても大切な茶道の心得なのです。」
陶芸の街笠間で作陶と茶道を繋げたい
今後の展望についてお聞きすると、「笠間焼は暮らしの器が中心ですので、笠間焼と茶道の器の融合には無限の可能性があると思います。私は、笠間焼と茶道の橋渡し役を今後もっとしていきたいと思っています。茨城県は、水戸徳川家や佐竹氏をはじめ、土浦の土屋家、高橋箒庵など茶道界の偉人を多く輩出している地でもあります。岡倉天心は、五浦の六角堂で『茶の本』の構想を練りました。私は、これらの茨城県の素晴らしい歴史や風土、工芸品を茶会等に盛り込み、積極的に郷里の魅力を伝える活動をしています。今年から、生活の拠点も東京から笠間に移し、食べ物が美味しく、景色が美しい茨城で、じっくり季節を感じた暮らしをしていきたいと思っています。」
伝統文化を受け継ぎながら、お茶の魅力を伝えるために挑戦を続けている海老澤さんに魅了されました。
(茨女レポーター:柴田 志帆)